あなたが何年も同じeGFR式だけを使い続けると、静かにドナー選定の基準を誤ってしまうかもしれません。
CKD-EPI式はもともと欧米データから作られたeGFR推算式で、日本人にそのまま適用すると腎機能を過大評価しやすいことが早い段階から指摘されていました。 そこで、血清クレアチニン値が白人より低い日本人の特性を補正するために「日本人係数(Japanese coefficient)」が提案され、MDRD式と同様に係数を掛けて使う方法が広まりました。 ただ、日本腎臓学会は2023年のCKD診療ガイドラインで、国際標準のCKD-EPI式と混同しないよう、日本人向けクレアチニン推算式を「JSN eGFRcr」、シスタチンC推算式を「JSN eGFRcys」と表記することを明示しています。 つまりJSN eGFRは、単にCKD-EPI式に日本人係数を掛けたものではなく、日本人データに基づき再構築された別の推算式だと理解する必要があります。 結論は、「CKD-EPI+日本人係数」と「JSN eGFRcr」を同一視しないことが原則です。 mhlw-grants.niph.go(https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2010/103051/201022001A/201022001A0003.pdf)
日本人において、MDRD式や従来の日本人用eGFR式とCKD-EPI式を比較した検討では、平均で約5mL/分/1.73m²程度の差が生じることが報告されています。 5mL/分/1.73m²というと、体表面積1.73m²の成人で1分あたり5000mLの濾過のうち約5分の1,000、ざっくり「紙コップ半分程度」の差に相当します。小さく見えますが、eGFR60前後の境界域ではCKDステージがG2かG3aかを分ける重要な差です。つまり5mLの違いということですね。 souseikai-crd(https://souseikai-crd.com/wp-content/uploads/2020/11/jscpt41_poster_2-p-39.pdf)
このズレは、薬剤投与量の調整や造影剤使用の判断など「グレーゾーン」の臨床判断に影響します。例えば、抗がん剤やSGLT2阻害薬の添付文書ではeGFRの閾値で投与可否を分けているものが多く、推算式の違いにより「使える」と判断した患者の中に、本来は避けるべき腎機能の患者が紛れ込む可能性があります。 このリスクを抑えるための現実的な対策は、施設として「原則使用する推算式」と「境界域で確認する補助指標(シスタチンC、クレアチニンクリアランス、24時間Ccrなど)」を明文化しておくことです。ルールが基本です。 jsco-cpg(http://www.jsco-cpg.jp/nephropathy/guideline/)
日本腎臓学会CKD診療ガイドライン2023(推算式の整理と略語)
日本腎臓学会CKD診療ガイドライン2023 第1章(推算GFR式とJSN eGFRの説明)
日本人健診受診者を対象に、日本人用eGFR式、MDRD式、CKD-EPI式を比較した報告では、同じ人でも式によって「健常」か「境界」かの判定が変わることが示されています。 例えば日本人男性20歳代では、eGFRが90mL/分/1.73m²以上となる割合が、日本人用eGFR式では63.4%、MDRD式では51.4%なのに対し、CKD-EPI式では86.2%に跳ね上がっています。 後者は「ほとんど全員が腎機能良好」という印象になりますが、実際には測定GFRに照らすと過大評価になっている症例も含まれます。つまり若年者ではCKD-EPI式で「元気すぎる腎臓」に見えやすいということですね。 souseikai-crd(https://souseikai-crd.com/wp-content/uploads/2020/11/jscpt41_poster_2-p-39.pdf)
一方、日本人を含むアジア系の腎機能評価にCKD-EPI式をそのままアウトカム指標として使うことは適切でない、という研究もあります。 FDAと連携した国際共同研究では、CKD-EPI式によるeGFR30%以上低下/2年を腎アウトカムとした解析で、日本人を含むアジア人に対してはCKD-EPI式が腎機能を十分に反映していない可能性が示されました。 これは、同じ「eGFR30%低下」でも、実測GFRの変化を過大評価したり過小評価したりしている患者が一定数いることを意味します。 こうしたズレは、腎保護薬の効果判定やCKD進展予測の精度低下につながります。痛いですね。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-15H05291/15H05291seika.pdf)
さらに、タイ人や台湾人CKD患者を対象にMDRD式、CKD-EPI式、日本人GFR推算式を比較した解析では、日本人のGFR推算式を他のアジア人に流用すると30%正確度が68~64%と低下し、MDRD式やCKD-EPI式の方が正確だったと報告されています。 この結果は逆に、日本人用推算式も「日本人以外に使えばズレる」ことを示しており、民族・体格・食習慣などを反映した専用式の必要性を裏付けます。 要は「どこでも万能な式」は存在しないということです。結論は式ごとの得意・不得意を理解することです。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-15H05291/15H05291seika.pdf)
厚労科研報告書(人種間差とCKD-EPI式、日本人係数の検討)
厚生労働科学研究費報告書:CKD-EPI式と日本人係数に関する検討
しかし、腎提供ドナー候補の評価で新しいCKD-EPI式(クレアチニン+シスタチンCを併用した式)を使った最近の日本人データでは、過小評価は減るものの、逆に過大評価の割合が相対的に高くなることが指摘されています。 過大評価は「本当は境界腎機能なのに十分と判断してしまう」方向の誤りであり、ドナーの長期予後にとってより危険です。例えば、真のGFRが70mL/分/1.73m²のドナー候補を、新CKD-EPI式が80~85mL/分/1.73m²と評価してしまうと、基準値(80や90)を満たしているように見えます。 10~15mL/分/1.73m²の差は、東京ドーム約5個分の水量が1日で余計に処理されているようなイメージで、小さくありません。つまり過大評価は見逃しやすいリスクです。 pubmed.ncbi.nlm.nih(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39310284/)
このような背景から、ドナー評価では単一の推算式に依存せず、複数の推算式と実測クリアランス(イヌリンクリアランス、イオタラム酸クリアランスなど)を組み合わせることが推奨されます。 実務的には、①Jm-CKD-EPI、②JSN eGFRcr/eGFRcys、③24時間クレアチニンクリアランスの3本柱で評価し、いずれかに大きな乖離(10~15mL/分/1.73m²以上)があれば精密検査に進む、というフローを院内で共有しておくとよいでしょう。 こうしたフローを決めておくと、若手医師も判断しやすくなります。つまりルール化に注意すれば大丈夫です。 jsn.or(https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch01.pdf)
日本人腎ドナーにおけるJm-CKD-EPIの有用性
eGFRは単に腎機能だけでなく、全死亡や心血管イベントのリスク指標としても使われます。日本人一般住民を対象とした5.6年間の前向きコホート研究では、日本人向けCKD-EPI式で算出したeGFRの方が、MDRD式よりも全死亡および心血管疾患発症リスクの予測能が高かったと報告されています。 つまり、同じeGFR60mL/分/1.73m²でも、CKD-EPI式で分類した方が「本当にハイリスクな人」をより正確に抽出できたということです。これは使い分けの重要なポイントですね。 epi-c(http://www.epi-c.jp/entry/e017_0_0019.html)
この研究では、日本人一般住民をCKD-EPI式とMDRD式のeGFR区分(例:≥90、60~89、45~59など)で層別化し、各群の死亡・心血管イベント発生率を比較しています。 CKD-EPI式は高eGFR領域での過大評価が少ないため、見かけ上腎機能良好な群の中でも、真にリスクが低い人とそうでない人をよりきめ細かく分けられたと考えられます。 一方で、MDRD式は高eGFR域で頭打ちになりやすく、90以上が一括りになりがちです。高齢社会の日本では、この「高eGFR群の識別力」は予防医療の現場で無視できない差になります。意外ですね。 epi-c(http://www.epi-c.jp/entry/e017_0_0019.html)
心血管リスク評価という観点では、CKD-EPI式(あるいは日本人向けCKD-EPI式)が優位であるとするエビデンスが蓄積しつつありますが、これはあくまで「リスク層別化」の話です。 個々の患者への薬剤投与量設定や造影剤の使用判断では、先述のように5~10mL/分/1.73m²のズレが実害を生むこともあります。 そのため、外来や病棟での運用としては「心血管リスク評価にはCKD-EPIを優先」「投与量調整や造影剤はJSN eGFRcr/24時間Ccrを補助」といった役割分担を決めておくと混乱が減ります。結論は用途ごとに式を使い分けることです。 jsco-cpg(http://www.jsco-cpg.jp/nephropathy/guideline/)
日本人向けCKD-EPI式とMDRD式のリスク予測能
EPI-C.jp:日本人向けCKD-EPI式とMDRD式の心血管リスク予測比較
日常診療では、電子カルテや検査システムが自動計算したeGFRがそのまま画面に表示されるため、「どの式で計算されているか」を意識せずに使ってしまいがちです。多くの施設では、検査システム更新のタイミングで推算式が切り替わっても、現場への周知が不十分なことがあります。例えば、2023年のCKDガイドラインに合わせてJSN eGFRcr表記に移行したにもかかわらず、医師側は従来のMDRD式のつもりでeGFRを解釈している、といったギャップです。 これは、同じ「eGFR55」の患者でも、過去の記録と現在の値を単純比較すると「急に悪化した/改善した」と誤認する原因になります。つまりカルテ上の数字だけでは判断できないということですね。 jsn.or(https://jsn.or.jp/journal/document/52_1/013-027.pdf)
もう一つの誤解は、「日本人係数を掛ければどこでも安全」という考え方です。前述のように、日本人用推算式はタイ人や台湾人にはかえって不正確になり得ることが示されており、外国人患者が多い都市部の病院では無視できません。 例えば、アジア系外国人患者が多い外来で日本人係数を前提にしたeGFRだけで薬剤投与量を決定すると、特定の人種では腎機能を過大評価してしまう可能性があります。 外国人患者が一定数いる施設では、「非日本人のeGFR計算は標準CKD-EPI式を別途カルクで確認する」「腎毒性薬剤投与前には24時間CcrやシスタチンCを併用する」といったルールを設定すると安全性が高まります。つまり人種に応じた式の選択が条件です。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-15H05291/15H05291seika.pdf)
最後に、AIや計算アプリの活用も触れておきます。eGFR計算とCKDステージ分類を自動で行うスマホアプリやWeb電卓は多数あり、JSN eGFR対応のものも増えています。 ただし、アプリ側のデフォルト式がCKD-EPI式なのか、日本人係数付きなのか、JSN eGFRcrなのかを確認せずに使うと、院内システムの値と食い違うことがあります。 日常診療の効率化を狙うなら、「院内標準式に合わせたアプリを1つ選んで全体で共有し、カルテ記載やカンファレンスもその式に統一する」という運用が現実的です。これは使えそうです。 jsn.or(https://jsn.or.jp/journal/document/52_1/013-027.pdf)
日本内科学会雑誌:CKDとeGFRに関する総説
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