感受性率80%以上の抗菌薬を選んでいても、重複株を除外していないデータでは治療失敗リスクが2倍以上になることがあります。
アンチバイオグラムとは、自施設で一定期間(通常1年間)に分離された細菌ごとに、各抗菌薬に対する感受性(S)率をまとめた一覧表です。 左列に菌種名が並び、横方向に抗菌薬名が並ぶ構造が一般的で、各セルには「その菌がその抗菌薬に感受性を示した割合(%)」が記載されています。 hosp.tohoku.ac(https://www.hosp.tohoku.ac.jp/wp-content/uploads/2022/10/dayori13.pdf)
表の読み方は単純に見えますが、前提知識がないと数字の意味を取り違えます。これが基本です。
MIC値(最小発育阻止濃度)に基づいてS・I・Rの3段階で判定され、アンチバイオグラムはそのうちS判定の株が全体の何%かを集計したものです。 たとえば「大腸菌に対するST合剤の感受性率60%」と表示されていれば、その施設で分離された大腸菌の60%がST合剤に感受性ありと判定されたことを意味します。 mie-icnet(https://www.mie-icnet.org/wp-content/uploads/2017/05/20170709_siryou3-2-1.pdf)
経験的治療では、一般的に最低80%の感受性率が必要とされています。 感染臓器や患者の重症度によっては90〜100%が必要になる場合もあります。 amr.jihs.go(https://amr.jihs.go.jp/pdf/201904_antibaiogram_guideline.pdf)
<参考:アンチバイオグラム作成ガイドライン(AMR臨床リファレンスセンター)>
感受性率の算出方法や除外基準などの詳細が示されています。
アンチバイオグラム作成ガイドライン(AMR臨床リファレンスセンター)
数字が並んでいても、そのデータが信頼できるかどうかは別問題です。意外ですね。
アンチバイオグラムの感受性率は、少なくとも30株以上のデータを集めた上で算出することが推奨されています。 たとえば3株しかない菌種で「感受性率33%」と表示されていた場合、その数字は統計的に不安定であり、治療選択の根拠には使いにくいのが実情です。カードゲームで3枚だけ引いた手札を「全体の傾向」と言うのと同じ、という感覚が近いです。 mie-icnet(https://www.mie-icnet.org/wp-content/uploads/2017/05/20170709_siryou3-2-1.pdf)
30株に満たない場合は、複数年のデータをまとめて使用することが認められています。 ただしその場合は、何年分のデータかを脚注に明記する必要があります。表をそのまま鵜呑みにせず、脚注を確認する習慣をつけることが重要です。 mie-icnet(https://www.mie-icnet.org/wp-content/uploads/2017/05/20170709_siryou3-2-1.pdf)
また、アンチバイオグラムは最低でも年1回の更新が必要です。 耐性菌の動向は年々変化するため、古いデータを使い続けると実態とかけ離れた薬剤選択につながります。自施設のアンチバイオグラムに発行年が記載されているか、まず確認しましょう。 mie-icnet(https://www.mie-icnet.org/wp-content/uploads/2017/05/20170709_siryou3-2-1.pdf)
同一患者から同一菌種が複数回分離された場合、すべての検体を集計に含めてはいけません。これが原則です。
たとえばMRSA陽性患者が1か月間に3回スワブ培養を提出し、3回ともMRSAが検出されたとします。この3株をすべてカウントすると、実質1人の患者のデータが3倍に膨らみます。その患者が耐性株を持っていた場合、MRSA全体の感受性率が実態より低く算出され、有効な抗菌薬を除外してしまう恐れがあります。
重複株の除外は、アンチバイオグラム作成の標準的なルールです。 具体的には「同一患者・同一菌種・同一入院期間内では最初の1株のみカウントする」という基準が一般的に採用されています。 amr.jihs.go(https://amr.jihs.go.jp/pdf/201904_antibaiogram_guideline.pdf)
ただし、同一患者でも異なる感染部位から分離された株(例:血液と尿から別々に検出されたE.coli)については、施設ごとに扱いが異なる場合があります。これは使えそうです。自施設のアンチバイオグラムの集計方法を、検査部門に確認しておく価値があります。
重複株の除外が適切に行われているかどうかで、感受性率の信頼性は大きく変わります。
アンチバイオグラムは「データを眺めるもの」ではなく、「治療に直結させるもの」です。活用手順は以下の通りです。
たとえば、高齢女性の尿路感染症が疑われるケースで、グラム陰性桿菌が推定される場合を考えます。 自施設のアンチバイオグラムを参照し、大腸菌に対するST合剤の感受性率が55%であれば、経験的治療には使えません。一方、セフトリアキソンの感受性率が92%であれば、第一選択の候補に入ります。 yakuzari(https://www.yakuzari.work/entry/antibaiogram)
このように、アンチバイオグラムは「施設の実態データ」であるため、他院のデータや教科書の記載と乖離することがあります。 自施設のデータを優先する姿勢が、抗菌薬適正使用(AMS)の基本です。 hosp.tohoku.ac(https://www.hosp.tohoku.ac.jp/wp-content/uploads/2022/10/dayori13.pdf)
<参考:感染制御に関する医療従事者向け講習会資料(金沢医科大学氷見市民病院)>
経験的治療へのアンチバイオグラム活用の実例が掲載されています。
院内感染対策講習会・抗菌薬適正使用研修会資料(金沢医科大学氷見市民病院)
施設全体のアンチバイオグラムだけを見ていると、ICUと一般病棟の耐性パターンの差を見逃します。痛いですね。
たとえばICU入室患者から分離された緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は、一般病棟由来の株に比べてカルバペネム耐性率が有意に高い傾向があることが知られています。 施設全体の感受性率では「イミペネム感受性率78%」と見えていても、ICU限定でみると「感受性率50%を下回る」ということが起きえます。 amr.jihs.go(https://amr.jihs.go.jp/pdf/201904_antibaiogram_guideline.pdf)
同様に、検体種別の層別化も重要です。血液培養由来の菌と尿由来の菌では、薬剤感受性パターンが異なることがあります。これは注意が必要です。
先進的な施設では、部門別・検体種別に分類したアンチバイオグラムを作成し、ICU用・救急用など複数版を整備しています。 自施設でそのような整備がない場合でも、検査部門に「ICU分離菌だけのデータを出してほしい」と依頼することは可能です。ASTや感染対策チームとの連携が、この課題を解決する第一歩になります。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.32118/mt52111162)
自施設のアンチバイオグラムが「全体版のみ」であるなら、その限界を認識した上で使うことが重要です。
<参考:三重感染制御ネットワーク アンチバイオグラム活用資料>
アンチバイオグラムの詳細な見方・作成方法を学べる講演資料です。