肝臓への影響が見落とされがちなα1アンチトリプシン欠損症(AATD)ですが、「肺を守るはずのAAT欠乏が、肝臓を壊す蓄積毒として作用する」という逆説的な病態が、臨床の現場でも誤診を生んでいます。
AATDにおける肝障害は、「AATが足りないから肝臓が壊れる」のではありません。これが最初の誤解です。
正常なAAT(M型)は肝細胞の小胞体(ER)内で合成・折りたたみ(フォールディング)されたのち、血流へ分泌されます。ところが最も頻度の高い変異型であるZ型(Glu342Lys置換)では、AATタンパク質のミスフォールディングが起き、小胞体内に重合体として蓄積します。 natureasia(https://www.natureasia.com/ja-jp/reviews/highlight/77358)
この蓄積が小胞体ストレスを誘発し、NF-κBを介した炎症シグナルが活性化され、最終的に肝細胞のアポトーシスと線維化が進行します。 つまり肝障害は「欠乏」ではなく「異常タンパクの蓄積毒性」が本質です。これは肺障害の機序(欠乏→エラスターゼ過活性)と根本的に異なります。 natureasia(https://www.natureasia.com/ja-jp/reviews/highlight/77358)
ZZ型ホモ接合体を持つ患者では、血中AAT濃度が正常値(約100〜200 mg/dL)の10〜15%程度にまで低下します。 血清AATが50 mg/dL未満は「重症」に分類され、肝硬変リスクが特に高まります。小胞体蓄積という機序を理解していないと、補充療法で肝臓も良くなると誤解してしまいます。注意が必要です。 irdph(http://irdph.jp/aatd/index.php)
Null型はAATを全く産生しないため血中濃度はゼロですが、肝細胞内蓄積がない分、肝障害はほとんど生じません。 この事実は「欠乏=肝障害」という直感に反します。肝障害の有無はアレル型によって大きく異なるということですね。 natureasia(https://www.natureasia.com/ja-jp/reviews/highlight/77358)
肝症状は年齢によって大きく異なります。
小児期(とくに新生児〜乳幼児期)では、胆汁うっ滞性肝障害が最初のサインとして現れます。 黄疸が遷延する新生児の鑑別診断として、AATDを念頭に置くことが重要です。乳幼児の胆汁うっ滞の約5〜10%にAATDが関与するとの報告もあります。 liverfoundation(https://liverfoundation.org/ja/%E8%82%9D%E7%96%BE%E6%82%A3/%E5%B0%8F%E5%85%90%E8%82%9D%E8%87%93%E6%83%85%E5%A0%B1%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/%E5%B0%8F%E5%85%90%E8%82%9D%E7%96%BE%E6%82%A3/%CE%B11%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%B3%E6%AC%A0%E6%90%8D%E7%97%87/)
小児期に肝障害が軽度で済んだ場合、生命予後は比較的良好です。 しかし全例が軽快するわけではなく、10〜15%は慢性肝疾患へ移行し、一部は肝硬変・肝細胞癌(HCC)に至ります。これは見逃せない事実です。 shouman(https://www.shouman.jp/disease/details/08_14_138/)
成人期には、原因不明の肝硬変・肝細胞癌として初めて発見されるケースが少なくありません。 非飲酒者・非ウイルス性の慢性肝疾患患者には、必ずAATDを除外する思考回路が必要です。 natureasia(https://www.natureasia.com/ja-jp/reviews/highlight/77358)
| 年齢層 | 主な肝症状 | 頻度・特記事項 |
|---|---|---|
| 新生児・乳幼児 | 遷延性黄疸、胆汁うっ滞 | 乳幼児胆汁うっ滞の約5〜10% |
| 小児期 | 肝酵素上昇、肝腫大 | 多くは自然軽快、一部慢性化 |
| 成人期 | 肝硬変、門脈圧亢進症、HCC | ZZ型の約10〜15%が進行性肝疾患 |
AATDは「過小診断」されている疾患の代表格です。 natureasia(https://www.natureasia.com/ja-jp/reviews/highlight/77358)
以下の患者像では積極的にAATDを疑う必要があります。 nanbyou.or(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4738)
診断の第一歩は血清AAT濃度の測定です。 90 mg/dL未満(ネフェロメトリー法)でAATDを疑い、さらに表現型(フェノタイプ)検査や遺伝子型(ジェノタイプ)検査を行います。これが基本です。 irdph(http://irdph.jp/aatd/index.php)
フェノタイプ検査(等電点電気泳動法)では、ZZ型・SZ型・SS型などのアレル組み合わせを同定できます。遺伝子検査ではSERPINA1遺伝子のS・Zアレルを直接確認します。 肝生検では肝細胞内のPAS染色陽性顆粒(ジアスターゼ抵抗性)がAAT蓄積の証拠となり、診断確定に有用です。 natureasia(https://www.natureasia.com/ja-jp/reviews/highlight/77358)
参考:難病情報センターによるAATD詳細解説(指定難病231)
https://www.nanbyou.or.jp/entry/4738
「AAT製剤を投与すれば肝障害も改善する」と考えてしまうのは、よくある誤解です。
2021年7月から日本でもAAT補充療法(ヒト血漿由来精製AAT製剤の週1回点滴)が保険適用となりました。 しかしこの治療は血中AAT濃度を補い、肺組織のエラスターゼによる破壊を防ぐためのものです。肝臓の病態(小胞体内の異常AAT蓄積)には直接作用しません。補充療法は肝障害には無効ということです。 nanbyou.or(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4738)
現在、AATDの肝障害に対する確立した薬物療法は存在しません。 重症肝疾患・肝不全に至った場合の選択肢は肝移植のみです。肝移植により正常なAAT産生能が回復し、血中AAT濃度も正常化します。 liverfoundation(https://liverfoundation.org/ja/%E3%83%AA%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A11%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%B3%E6%AC%A0%E6%90%8D%E7%97%87%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E7%A0%94%E7%A9%B6/)
研究段階では以下の新規治療アプローチが注目されています。 natureasia(https://www.natureasia.com/ja-jp/reviews/highlight/77358)
カルバマゼピンは動物モデルでAAT蓄積の減少と肝線維化の改善が報告されており、臨床試験も進んでいます。 今後5〜10年が肝障害治療の大きな転換点になる可能性があります。 liverfoundation(https://liverfoundation.org/ja/%E3%83%AA%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A11%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%B3%E6%AC%A0%E6%90%8D%E7%97%87%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E7%A0%94%E7%A9%B6/)
参考:Nature Reviews「α1-アンチトリプシン欠乏症」解説(日本語ハイライト)
https://www.natureasia.com/ja-jp/reviews/highlight/77358
肺ばかり診ていると、肝臓のサインを見逃します。
AATDは指定難病(難病231)であり、日本での有病率は1,000万人あたり約2人と極めて低い疾患です。 しかし欧米では5,000人に1人とされており、この差は「日本に患者がいない」のではなく「診断されていない」だけである可能性が高いと専門家は指摘しています。 実際、全世界で診断されているAATD患者は推定患者数の10%未満とも言われます。 nanbyou.or(https://www.nanbyou.or.jp/entry/4738)
臨床上、医療従事者が特に注意すべきポイントは「肝と肺の同時評価」です。呼吸器内科でCOPD管理中の患者が実は肝硬変を抱えていた、あるいは消化器内科で肝硬変の原因検索をしていた患者が同時に肺気腫をもっていた、といったケースは珍しくありません。臓器横断的な視点が診断精度を上げます。
また、ZZ型ホモ接合体の血縁者(親・兄弟)は遺伝子検査の対象となります。 症状がなくてもキャリアの可能性があり、禁煙指導・定期的な肝機能・肺機能モニタリングが生命予後改善につながります。早期介入が最大の武器です。 shouman(https://www.shouman.jp/disease/details/08_14_138/)
参考:日本呼吸器学会「α1-アンチトリプシン欠乏症 診療の手引き2021」(PDF)
https://www.jrs.or.jp/publication/file/a1_2021.pdf