BRAF阻害薬単剤は「がんを縮小させる薬」と思われがちですが、単剤投与では逆説的にMAPK経路を活性化して耐性を早める場合があります。
現在、日本国内で承認されているBRAF阻害薬は3種類です。それぞれ作用の持続性や適応疾患に差があります。
| 一般名 | 商品名 | 組み合わせるMEK阻害薬 | 主な適応疾患 |
|---|---|---|---|
| ベムラフェニブ(Vemurafenib) | ゼルボラフ® | コビメチニブ(コテリック®) | 悪性黒色腫、BRAF V600E陽性固形腫瘍 |
| ダブラフェニブ(Dabrafenib) | タフィンラー® | トラメチニブ(メキニスト®) | 悪性黒色腫、非小細胞肺癌、甲状腺癌、BRAF V600E陽性固形腫瘍、有毛細胞白血病 |
| エンコラフェニブ(Encorafenib) | ビラフトビ® | ビニメチニブ(メクトビ®) | 悪性黒色腫、大腸癌、甲状腺癌 |
薬剤選択では、適応疾患だけでなく患者の前治療歴・コンパニオン診断検査の結果が条件になります。 ダブラフェニブのCDx(コンパニオン診断)としてはシスメックスのV600変異検出キットが承認されており、処方前確認が必須です。 検査なしでの投与は保険上も認められていません。 haigan.gr(https://www.haigan.gr.jp/wp-content/uploads/2024/06/4-4-BRAF-1.pdf)
参考:日本肺癌学会によるBRAF V600E変異陽性非小細胞肺癌の治療指針(PDF)
日本肺癌学会「4-4. BRAF変異陽性非小細胞肺癌の治療」(公式PDF)
BRAF遺伝子はRAS–RAF–MEK–ERKというMAPKシグナル伝達経路の中間に位置します。通常は細胞増殖シグナルを適切に制御していますが、V600E変異が生じると構造的に活性化した状態が維持されます。 この異常なBRAFタンパク質がMEK→ERKを継続的にリン酸化し、がん細胞が無制御に増殖します。 az-oncology(https://www.az-oncology.jp/haigan/know/treatment/molecular_targeted_therapy08.html)
BRAF阻害薬はこの変異BRAFキナーゼのATP結合部位を占有し、下流へのシグナル伝達を遮断します。これが基本的な作用機序です。ただし重要な落とし穴があります。
単剤でBRAFを阻害した場合、BRAF野生型細胞ではむしろMAPK経路が「逆説的に」活性化することが示されています。 これが皮膚の有棘細胞癌やケラトアカントーマといった二次性皮膚悪性腫瘍を引き起こす主因です。MEK阻害薬を同時に使うことでこの逆説的活性化を下流で抑制できるため、現在は「BRAF阻害薬+MEK阻害薬」の2剤併用が標準となっています。 mixonline(https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=43263)
参考:BRAF阻害剤が逆説的に耐性環境をつくる機序の解説(ライフサイエンスDB)
ライフサイエンスDB「BRAF阻害剤は逆説的に薬剤抵抗性の腫瘍微小環境をつくりだす」
適応疾患によって推奨される薬剤の組み合わせが異なります。臓器ごとの考え方を整理しておくことが大切です。
🖤 悪性黒色腫(メラノーマ)
BRAF V600変異はメラノーマの約40〜50%に検出されますが、末端黒子型や粘膜型では頻度が低く、紫外線の影響が少ない表在拡大型(low-CSD型)で50%程度に認められます。 ダブラフェニブ+トラメチニブ(DT療法)、エンコラフェニブ+ビニメチニブ(EB療法)、ベムラフェニブ+コビメチニブ(VC療法)の3レジメンが、NCCNガイドラインでいずれもカテゴリー1の同等推奨とされています。 優劣はなく、副作用プロファイルと患者背景で選択します。 xsox(https://xsox.jp/braf-mek-inhibitor/)
🫁 非小細胞肺癌
BRAF V600E変異は非小細胞肺癌の1〜2%と頻度は低いですが、ダブラフェニブ+トラメチニブ併用が承認されています。 未治療例・既治療例の双方が対象です。肺癌ではALK、EGFR、RETなど多くのドライバー遺伝子変異が存在するため、NGS(次世代シーケンシング)でBRAF V600Eが確認された症例のみが対象となります。 haigan.gr(https://www.haigan.gr.jp/wp-content/uploads/2024/06/4-4-BRAF-1.pdf)
🔴 大腸癌(結腸・直腸癌)
BRAF V600E変異型大腸癌はBRAF阻害薬単剤への反応性が悪く、これが他のがん種と大きく異なる点です。 大腸癌ではEGFRフィードバック活性化によってBRAF阻害が回避されるため、エンコラフェニブ+ビニメチニブ+セツキシマブ(抗EGFR抗体)の3剤併用が標準です。 客観的奏効率は3剤で48%と報告されており、2剤止まりでは不十分です。 oncolo(https://oncolo.jp/news/190724y01)
🦋 甲状腺癌
参考:BRAF V600E変異型転移性大腸癌の最新治療(がん研化学療法センター)
BRAF変異型切除不能大腸癌に対するBRAF阻害剤単独では効果が低い理由(gi-cancer.net)
BRAF阻害薬の最大の課題は「獲得耐性」です。単剤療法では平均6〜7ヶ月程度で耐性が出現するとされており、これが予後改善の限界につながっていました。耐性の機序を知っておくことは現場で役立ちます。
主な耐性機序として以下が報告されています。 jfcr.or(https://www.jfcr.or.jp/chemotherapy/news/9547.html)
- BRAFスプライシングバリアントの発現(RAS結合ドメイン欠失型)
- NRAS変異による上流からのシグナル再活性化
- MEK1/2変異による下流経路の独立した活性化
- RTK経路(EGFR、METなど)の代替シグナル経路の活性化
- AKT–mTOR経路のフィードバック活性化 yokohama-cu.ac(https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2021/20220330tateishi_ccr.html)
MEK阻害薬を併用するとBRAF阻害薬単剤で生じる逆説的MAPK再活性化を抑制でき、PFSが大幅に延長します。 併用が原則です。 mixonline(https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=43263)
参考:がん細胞の薬剤耐性機構の解説(日本生化学会)
生化学「がん細胞の薬剤耐性機構」— BRAF阻害薬耐性の分子メカニズムを詳解
これまでBRAF阻害薬は「悪性黒色腫の薬」というイメージが強かったといえます。しかし現在は異なります。
2023年、国立がん研究センターの「MASTER KEYプロジェクト」によって、BRAF V600E陽性の切除不能進行・再発固形腫瘍(大腸癌を除く)に対するダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法が承認されました。 これはいわゆる「腫瘍種横断的(Tumor-Agnostic)」適応であり、原発臓器を問わずBRAF V600E変異の有無で治療適応が決まります。 ncc.go(https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/1124/index.html)
この承認により、従来は標準治療がほとんどなかった希少がん・希少変異例にも選択肢が生まれました。それだけ遺伝子検査の重要性が増しています。コンプリヘンシブゲノムプロファイリング(CGP)検査(いわゆるがんゲノム検査)でBRAF V600Eが検出された患者に対して、担当科に関わらず本剤の適応を検討する視点が求められます。
また、有毛細胞白血病(HCL)においてもBRAF V600E変異が90%以上に認められ、ダブラフェニブ+トラメチニブ併用が保険適用を取得しています。 固形腫瘍だけでなく血液腫瘍にも適応が広がっている点は、腫瘍科以外の医師も意識すべき事項です。 ubie(https://ubie.app/byoki_qa/feature-questions/92qx9ms-p)
参考:MASTER KEYプロジェクトによるTumor-Agnostic承認の詳細(国立がん研究センター)
国立がん研究センター「BRAF V600E陽性固形腫瘍に対するダブラフェニブ・トラメチニブ承認」プレスリリース