MSI-Highで予後良好なら標的療法は不要と思っていませんか?
BRAF遺伝子変異は大腸癌全体の約8〜12%に認められ、日本人では4.5〜6.7%と報告されています。このうち大部分はV600Eと呼ばれる特定の変異型です。BRAF遺伝子はRAS遺伝子とともに細胞増殖シグナル伝達経路であるRAS-RAF-MAPK経路に属しており、変異があると細胞増殖の指令が過剰に出続ける状態となります。 mypathologyreport(https://www.mypathologyreport.ca/ja/biomarkers/braf-mutations-in-colorectal-cancer/)
つまり増殖ブレーキの故障です。
BRAF V600E変異は、KRAS/NRAS遺伝子変異とは相互排他的な関係にあり、同時に存在することはほとんどありません。臨床病理学的には、右側結腸、粘液成分あり、マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する大腸癌において、BRAF V600E変異の頻度が高いことが知られています。 eiken.co(https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/202309_69_P8-12.pdf)
実際、MMR欠損(dMMR/MSI-High)症例では約40〜50%という高頻度でBRAF V600E変異が検出されます。これは散発性のdMMR(リンチ症候群ではなくMLH1プロモーターのメチル化によって引き起こされる)がBRAF V600Eと強く関連しているためです。逆に、BRAF V600E変異を有する大腸癌の約20〜30%がdMMR/MSI-Highでもあります。 eiken.co(https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/2019_05/002.pdf)
BRAF V600E変異陽性大腸癌は極めて予後不良な因子として確立されています。 amed.go(https://www.amed.go.jp/content/000148179.pdf)
予後不良が基本です。
切除不能な進行・再発大腸癌において、従来の一次治療(FOLFOXやFOLFIRIなどの化学療法に抗EGFR抗体薬を併用)では、BRAF V600E変異型の全生存期間(OS)中央値は約11カ月にとどまり、野生型と比較して明らかに不良でした。二次治療以降の無増悪生存期間はわずか約2カ月程度と、非常に厳しい治療成績でした。 gi-cancer(https://gi-cancer.net/gi/ronbun/archives/202508-02.html)
切除可能な遠隔転移症例でも状況は厳しく、BRAF V600E変異型大腸癌肝転移切除例の多施設観察研究では無再発生存期間はわずか5.3カ月、全生存期間も31.1カ月と極めて不良でした。肝転移以外の遠隔転移外科切除成績も同様で、無再発生存期間4.4カ月、生存期間中央値25.9カ月という結果です。 amed.go(https://www.amed.go.jp/content/000148179.pdf)
手術しても再発が早いです。
ただし重要な例外として、BRAF変異陽性でもMSI-Highであれば予後良好であることが示されています。BRAF変異陽性でMSS/MSI-lowの大腸癌は無再発生存期間が有意に短い一方、BRAF変異陽性かつMSI-Highでは予後が改善するという臨床的に極めて重要な知見です。 eiken.co(https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/2019_05/002.pdf)
BRAF V600E変異陽性大腸癌の治療は、2020年代に入り大きく進展しました。
治療選択肢が増えました。
BREAKWATER試験は、前治療歴のないBRAF V600E遺伝子変異を有する切除不能進行・再発大腸癌患者を対象に、エンコラフェニブ(BRAF阻害薬)+セツキシマブ(抗EGFR抗体薬)併用療法、およびエンコラフェニブ+セツキシマブ+mFOLFOX6併用療法を評価した国際共同第III相試験です。なお、この試験ではMSI-High/dMMRやRAS変異例は除外されています。 jsccr(https://www.jsccr.jp/guideline/news/202512_01.html)
試験結果は劇的で、エンコラフェニブ+セツキシマブ+mFOLFOX6併用群(236名)では客観的奏効率60.9%を達成し、標準治療群(243名)の40.0%と比較して有意かつ臨床的に意義のある改善を示しました(オッズ比2.443)。奏効期間中央値もそれぞれ13.9カ月、11.1カ月と、従来治療を大きく上回る成績です。 medicalonline(https://www.medicalonline.jp/review/detail?id=12934)
無増悪生存期間および全生存期間も有意に延長し、生存期間中央値にまだ到達していないほどの改善が報告されています。この結果により、FOLFOX+エンコラフェニブ+セツキシマブが前治療歴のないBRAF V600E変異陽性大腸癌に対する新たな一次治療選択肢として確立されました。 gmcl(https://gmcl.jp/brafnew/)
大腸癌研究会によるBREAKWATER試験の解説(一次治療における詳細な有効性データと治療選択の考え方)
二次治療以降においても、BRAF標的療法が使用可能となっています。
選択肢が広がっています。
日本では2020年11月から、BRAF遺伝子変異を有する大腸癌患者に対して、エンコラフェニブとセツキシマブ、MEK阻害薬のビニメチニブの三剤併用療法が保険適用となりました。米国食品医薬品局も2020年4月にBRAF V600E遺伝子変異を有する大腸癌に対してエンコラフェニブ+セツキシマブを承認しています。 jsmo.or(https://www.jsmo.or.jp/membership/committee/petition/doc/20200606.pdf)
BEACON CRC試験により、BRAF V600E遺伝子変異を有する切除不能大腸癌患者の二次治療において、BRAF阻害剤エンコラフェニブと抗EGFR抗体薬セツキシマブの二剤併用(EC療法)が有効であることが実証されました。二次治療以降の選択肢としては、エンコラフェニブ+ビニメチニブ+セツキシマブ療法、またはエンコラフェニブ+セツキシマブ療法が推奨されています。 jsccr(https://www.jsccr.jp/guideline/data/guide_doctor_2022.pdf)
ファーストライン治療としてのエンコラフェニブ+ビニメチニブ+セツキシマブ併用療法を評価した第2相試験では、客観的奏効率47.8%という良好な成績が報告されています。さらに、エンコラフェニブ・セツキシマブを含む併用療法に不応となった患者に対して、エンコラフェニブ+ビニメチニブ+セツキシマブの三剤併用療法を逐次投与することの有効性と安全性を検討する試験も進行中です。 oncolo(https://oncolo.jp/news/210720y02)
国立がん研究センターによるBRAF変異大腸がんの産学連携治療開発(エンコラフェニブとセツキシマブ併用療法の保険適用経緯と臨床意義)
BRAF V600E変異陽性かつMSI-High症例では、免疫チェックポイント阻害薬が治療選択肢となります。
免疫療法も併用可能です。
BRAF V600E変異を有する大腸癌の約20〜30%はdMMR/MSI-Highでもあるため、このような患者では免疫療法とBRAF標的療法の両方が有効である可能性があります。最近の知見では、BRAF変異陽性患者において抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体の併用療法が特に有益である可能性が示唆されています。 academia.carenet(https://academia.carenet.com/share/news/7725a8fe-b46d-4546-8bb3-06e0e564c882)
MSI-Highの大腸癌は約半数がMLH1遺伝子のプロモーターのメチル化(CIMP: CpG island methylator phenotype)が原因であり、BRAF遺伝子変異陽性はリンチ症候群の除外診断に用いられています(リンチ症候群では通常BRAF遺伝子変異は陰性です)。ただし例外としてPMS2変異の一部ではBRAF変異が検出される場合もあるため注意が必要です。 eiken.co(https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/2019_05/002.pdf)
欧州臨床腫瘍学会のガイドラインでは、BRAF V600E遺伝子変異を有する切除不能進行再発大腸癌患者に対する一次治療レジメンとして、FOLFOXIRI(fluorouracil+leucovorin+oxaliplatin+irinotecan)+Bevacizumab療法が第一選択とされていました。しかし、BREAKWATER試験の結果により治療戦略は大きく変わりつつあります。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1050002213761030784)
適切な治療選択のため、BRAF遺伝子検査は必須となっています。
検査が治療を決めます。
検査方法としては、コンパニオン診断薬を用いた「大腸癌RAS/BRAF変異解析」が保険適用されています。この検査では、KRAS遺伝子およびNRAS遺伝子のそれぞれcodon12、13、59、61、117、146のアミノ酸置換、およびBRAF遺伝子のcodon600のアミノ酸置換を伴うp.V600E変異を検出し、変異の有無と変異型を報告します。 data.medience.co(https://data.medience.co.jp/guide/guide-08080017.html)
手術や内視鏡検査で採取したがん組織を使用して検査を実施します。RAS遺伝子変異とBRAF V600E遺伝子変異は相互排他的であるため、RAS野生型症例においてBRAF検査を実施することが効率的です。BRAF変異には非V600型も存在し、変異のタイプによって臨床的特徴や治療成績が大きく異なることが包括的なコホート研究により明らかになっています。 academia.carenet(https://academia.carenet.com/share/news/02fe0b43-2d13-4cc7-ad3f-766152963ac6)
LSIメディエンスによる大腸癌RAS/BRAF変異解析の検査項目詳細(検査方法と報告内容)
患者への適切な情報提供が治療選択の鍵となります。
正確な情報共有が重要です。
BRAF V600E変異陽性という検査結果を受けた患者には、予後不良因子ではあるものの新規治療により大幅な改善が期待できることを説明する必要があります。従来は全生存期間中央値11カ月程度でしたが、エンコラフェニブ+セツキシマブ+mFOLFOX6併用療法では生存期間中央値にまだ到達していないほどの延長が報告されています。 report.gi-cancer(https://report.gi-cancer.net/beirinsyo2025/LBA3500/index.html)
MSI-Highとの組み合わせがある場合は、免疫療法という別の選択肢も提示できることを伝えます。BRAF変異陽性でもMSI-Highであれば予後良好であるという事実は、患者に希望を与える重要な情報です。治療方針決定にあたっては、MSI検査の結果を待って総合的に判断することが望ましいです。 mypathologyreport(https://www.mypathologyreport.ca/ja/biomarkers/braf-mutations-in-colorectal-cancer/)
一次治療でエンコラフェニブ+セツキシマブ+mFOLFOX6を選択した場合、60%以上の奏効率が期待でき、奏効期間中央値は約14カ月です。二次治療以降も複数の選択肢があることを説明し、治療継続への意欲を維持してもらうことが大切です。また、BRAF変異検査がリンチ症候群の除外診断にも役立つことを説明し、家族歴の確認も併せて行います。 eiken.co(https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/202309_P8-12.pdf)